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チカラをかたちに(サポート) [プロジェクトB]

先日行われた仙台国際ハーフマラソン、車いす男子の部で大会招待選手の山本浩之さんが優勝をしました。
山本さんは北京パラリンピックの日本代表選手で、今年2月末の東京マラソンでも優勝しています。


わたしを通じて山本選手は被災世帯の支援をして頂いています。

その支援先の仙台の借り上げ住宅でゼロから暮らしている被災世帯に競技後まもなく会って頂きました。
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この世帯からの当日の連絡メールを紹介します。
『いつも支えて下さってありがとうございます。
私達は、山本さんのあの素晴らしい走りを間近で見る事が出来て本当に心から嬉しく思います。
もの凄く勇気をもらいましたし感激しました。

頑張ると言う言葉の意味を改めて噛みしめた気がします。

このタイミングでお会い出来て本当に良かったです。
ありがとうございました。』

仙台の街部を走り、最後に競技場内で混戦の中を切り抜けての迫力のあるすばらしい優勝でした。
車いすマラソンというスポーツからたくさんの元気をもらい、この世帯はこの日から復興へスタートしたと思います。

いままであまり触れませんでしたが、被災世帯の多くは考え方がまとまり辛かったり行動力が充分でないなどのストレス性の状態が多く見られました。皆さんが思っている通りに出来事が進まないのも本当はこういう面からの事でした。どうか容赦して頂ければと思います。でもこの世帯はこの日より、あらためて頑張りなおすことができるようになったと思っています。


冒頭でも書きましたとおり、山本選手に限らず日本中のたくさんの方がわたしを通じて被災地を支援していただくようになりました。

この一年間わたしは独りで支援をし続けてきました。
その一番の理由は赤十字の存在にあります。赤十字は日本だけではなく世界にあり、そしてこの震災でも世界からその赤十字に募金が集まりました。
でもその赤十字からの家電6点セットを受け取れていない被災世帯が非情にもたくさんあります
申請をしようとしてもその窓口の段階で断られた世帯が相当数あります。皆様の赤十字への義援はプログラムがあっても運用の中で被災世帯に満遍なく行き届いてはいません。
信頼の厚い赤十字でさえも現場ではその調子なので、わたしには自分しか頼れるものがいませんでした。わたしの支援を公に活動と表記が少なかったのは、組織のそんな姿に対するこだわりでした。
わたしの全くの個人の勝手に、読者の皆様や世界を歩くアスリートの皆様までもが支えていただけるようになり、平均的な考えを大切にしたいと思うようになりました。
どこに義援協力をしたらいいのかわからない、様々な窓口も信頼が出来ないと言うお話しをたくさん聞いてきた答えとして。
『既にわたしが個人として済ませて成功している支援を買い取ってもらってはどうか』と考えるようになりました。
なんだかものすごい屁理屈のようにも思いますが、友人知人など読者の皆様にも協力頂いて既にいくつかの支援を皆様の義援からのものへと振り替えました。

・2012年5月12日、水道が赤水の在宅世帯に支援
20120511.jpg  ===>>  P5113468A.JPG

・2012年5月13日、被災後母子家庭の仮設世帯に支援
                           ===>>  CA3E08160002.jpg

・2012年3月以降分、全損の仮設世帯の被災犬に支援 
CA3E0748.jpg   ===>>  CA3E07770001.jpg

現在までに3つの支援を皆様からの義援で行っています。
いままでもこのBlogのリンクを貼って下さったりと様々な支えを皆様にして頂きました。
これから義援をと考えている方やいままでの方法など信頼いただける方は是非連絡を下さい。
また、サイドバーに←SupportAccountをオープンしてあります。
わたし独りだけではなく、この1年の経験から皆様の義援が直接届き結果になる支援を続けていきたいと思います。


両陛下の思い [プロジェクトB]

Blog記事に明るさが無いとか愉しくなることがないとかと何度も言われてきた答えは、
  恐れ多くも陛下が用意して頂けたと思います。

MSN産経ニュース:http://sankei.jp.msn.com/region/news/120514/myg12051402030000-n1.htm

この日曜日に陛下のたっての希望で仙台市内の仮設団地への訪問がなされました。
そもそも仙台市内の仮設団地って? と思った方が多いかもしれません。仙台市内でもたくさんの方が被災し現在も仮設団地や借り上げ住宅でゼロからの暮らしをしています。スローガンが『ともに未来へ』。。。  。。。
ともにじゃない人がいっぱい居るのをあっさり認めた、仙台は擬似被災地です。
それに伴い、仙台市内の仮設団地の存在は伏せられていたのが本当です。昨日海外メディアの『仙台市内の仮設団地?』との反応があったと聞いています。
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陛下が訪問された仮設団地の方々が住んでいた地域の先月の様子です。

なんにも直っていないままです。

あるいは慌てて直したかもね、ありがちだから確認しに行くつもりもありません。


そして一番重要なこと。
今もなお苦しみは変らず、被災世帯の方が泣き崩れる姿がちゃんと公開されたこと。

わたし自身が本当に最前線で被災世帯と向き合っている中では明るいことなんか一つもない。
娯楽慣れしてしまって『こんないいことがありました^^/』みたいな記事がないといけないようなこと言われても出来るわけがない。そして様々な報道でそんなことがいまでもあったならウソです。
過去に仮設団地の窓からニコニコで写っている被災者の姿が政府のポスターとして作成され、『ああよかったですよね』とかの記事を見つけてそんなことは無いとコメントしたら『あんたなに言ってるの!これでいいじゃないか』みたいなレスであきれたことがありました。
それと同じ。
今回の両陛下のご訪問はものすごくたくさんの意味のあったことです。
無理をおして訪問いただいたこと、そのなかから表れた実情に日本や世界中の皆さんが答えるべきかなと思います。もっと注意深く見つめるチカラを今一度持って欲しいと皆さんにお願いしますm(_ _)m。
わたしもすっかり病んで人の事言えないけれど、陛下には是非お大事になさって頂いて、機会ありましたら万全なときにまた来て頂きたく願います。現場?の者として今回のこのタイミングのご訪問は被災後最高の価値の支えと感じています。
毎日わたしがグダグダ書いたって読んでも伝わっていないことばかりなんだとBlogやめた理由が補強された感じでした。


まっすぐゴールへ [プロジェクトB]

GWが終わり、閑散とした状況の本当の被災地を見つめています。
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支援やボランティアの騒ぎが終って、
『支援があると誘われたけどおかしいから断った』、『へんなボランティアだけど親戚付き合いの企画だと押し付けられた』。
様々な落ち着きの中で、わらをもつかむつながりだったことに疑問を持ち、世の中の平均的な感覚で物事を見れるように被災者は変わりました。
そもそも金権選挙があった地域性があり、支援という言葉を利用してのねこをかぶった陣営の選挙対策が行われているし、街部からのボランティア団体もそれに利用されている事に気が付かない状況がGWに多々ありました。
ボランティアよりも被災者のほうが正しく賢くなったと思います。
もちろん擬似被災者はさらに劣悪になる2極化がおきています。

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小さくても本当に困っている被災者に支援を続けています。

今回は途中でつくばに寄りました。
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ブルーシートの養成の助けになればと、こちらで使い終わった農用ネットを3つだけでしたが必要そうな世帯にお渡ししました。
被災地と名が付けばみんな同じに見えてしまうわたしでしたが特徴は色々です。
竜巻が通ったところだけが被害が大きいので、ふつうに暮らせる方との差は激しく出ると思います。それに伴いソフト面での支えが大切になる地域だと思いました。
亡くなられた方、そして怪我をされた方がいると言うことを忘れずに様々な活動が進めばよいといつも思います。

今日は仙台で行われるハーフマラソン大会にアトピーのお子さんのいる世帯と一緒に応援に行きます。

もしもホントに気づいたならば [プロジェクトB]

皆さん訪問ありがとうございます!!。
みんなよく見つけるなぁと思って[たらーっ(汗)]。。。わたしから訪問できていないのにスミマセンm(_ _)m。


記事では原発系はほとんど非公開だったので、気づいた方にだけ?特別にアップします。

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わたしが行っていた福島はこんな所です。
避難していた住民のみなさんは、なんとしてでも帰ろうとするけれどそれは得策ではありません。でも今の日本のゆるさではそれも強制できない。。。全員に覚悟を持った上での知識があったなら解決は早かったと思います。

不自然に赤く枯れた外側の葉はチェルノブイリと同じ現象です。
若い人たちが、いつかがんばって解決の方法を探してくれると思います。
そのためには大人は手本を見せて、そして安心して研究できるようにもっともっと経済を活発にしなければいけません。

わたしは原発否定派というわけでもありません(えーーーー出た日常型日本人!!)[あせあせ(飛び散る汗)]。。。。
存在していればどんなにフタが閉まっていても大きな天災でコントロールがきかなくなる可能性があるものです。それは被災時に稼働中の工場で次々火災が起きてしまったのと同じです。(だって竜巻で冷却装置の系統のどれかは吹っ飛ぶかもしれないでしょ。それは竜巻が火力発電所を通過しても同じかもしれないけれど。。。たとえば地盤全体の水平が確保出来なくなったら、それだけでも陸上水炉型原発のコントロールは何割か難しくなります)。今あるなら休止状態でも稼動状態でも同じ危惧に変わりない。あるんだったら使い切ってしまったほうがいいのかもしれない、それが太平ボケなわたしの考えからくる理屈です。ただし覚悟が出来た上でです。
存在していさえすれば危険が同じだったら、再稼動反対の運動は不毛です。安全に解体しその処理方法もちゃんと確立しなければ。。。今撤去してもじつは危険度は同じままです。


今日の被災地の地元紙です。
河北新報(5/9版)http://www.kahoku.co.jp/news/2012/05/20120509t15013.htm

そして。。。これは女川原発の並びの浜です。
牡鹿半島北部.jpg

どう見ても海抜15m以上のこの学校はさらに波がのったようです。
この浜はすでに誰も住んでいないし、当然電気もきていません。誰かを住まわすつもりはない、原発から遠ざけるある意味作為的な政策かもしれない。
宮城の漁業関係の皆さんが『福島は大変だと思う』と寝ぼけたことを言っていても、現実を見ているわたしが否定しなかったのは。。。これは大丈夫だけれどこれはダメと同じ網から採れたものを分けなければいけない日本人だから。。。です。

目が覚めていないのは被災地ではなく外の人たちです。
気象状況も含めもう世代が天下泰平ではなくなったのに被災地外では気づかないのかもしれません。
今日はお休みしていますが、今すぐにでも被災地に戻って共にいたいと思っています。


2012-05-08 [プロジェクトB]

更新を止めてしまってもなおたくさんの方にアクセスを頂いています。
たくさんの関心あることだし、被災地の様子は全く報道されなくなってしまいました。
ただし被災地内ではローカル局での無難なニュース扱いや企画モノは放送されています。

一部の関係者の方に事前にお伝えした通り、わたしはこの正月に青森県の凍結路で大きな事故に遭いました。
その時に使っていたのがこの軽ワゴン車です。
軽ワゴンF.JPG  CA3E0950 - コピー.jpg
支援先で見かけた方はわたしが仮設団地内の路地や在宅被災世帯にうかがいやすいように軽ワゴン車を使っていたのを知っていたと思いますが、そのほかの方は飲料水を運んでいる右の画像と左側の軽ワゴン車の特徴とで確認してもらえば少しはわかりやすいと思います。
トラックとわたしの軽ワゴン車が正面衝突し、トラックの運転手は病院に行きましたが、クシャクシャになった軽ワゴン車のわたしは無傷で次の日から支援もしていました。
その翌日から支援したのは以前高校生に頼まれたいち髪の追加分と、高齢者を中心にした仮設団地と行政からの支給がなくなってしまった地区用の紙おむつなどです。
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正直、死んでいたはずの状況でしたが、その後もたくさんの皆様にお会いし、そしてたくさんの支援もしました。今日現在、東京の自宅に居て少しゆっくりしています。
たった一人でずっと支援していたので、わたし自身は心身ともにダメージが出て、一時的に様々な部分を充分には思い出せない疲労が出ています。1年で16万キロ以上四季を通じて走っていれば確率的に事故に巻き込まれる可能性として唯一の一回でしたがこれぐらいかもしれません。

自宅にはたくさんの領収書や記録画像などがあります。時間を見つけて、これをまとめて再度アップするような記事を用意できるかもしれません。冒頭の通りたくさんの方のアクセスに答えて、今までの被災地の様子をあらためて伝えることが有効に感じます。みなさんにとって、これからの防災にとっても重要な事例がわたしのこの一年の日々のなかにたくさん含まれているかもしれません。。。
被災地内では順次ネットが開通し、わたしが浜に設置した24時間カメラの画像も遠隔で随時見えるようにさえなっています。被災地内からのアクセスも日々増えています。特に被災者の方は自分の周りのことしか見えていなかったし、うわさやでっち上げに実はかなり振り回されています。その時々の状況を全体を通してみることが大切に思っています。
被災していなくても傍観せず、一人でも多くの方に被災地と共にある気持ちを大切にしてほしいと願っています。


北海道にて2 [プロジェクトB]

北海道からの支援の申し出を頂いていたので引取りをしました。
画像の通り多くの方々から負担にならないように少しずつ支援協力頂いてこんなにいっぱいになりました。
本当にありがとうございます。
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気持ちがこもっていて、そして受け取る被災者の顔がわかっているわたしにはなおさら。。。尊く思えて時々涙しながら走っています。
今夜のフェリーを予約してありますが、連絡頂ければ、もう1日滞在して帯広や旭川やさらに遠くにも引取りに伺うことが出来ます。道内からの支援検討頂ければ幸いです。

じつは先ほどは九州からも支援の申し出を頂いて、ある程度絞った目的の支援をお願いしたところです。
より多くの皆様に被災地と共にある気持ちを大切にして頂く事を目的としています。国産飲料水一本でも支援頂ければ引取りにお伺いします。
最後の遠征のつもりで昨日夜から出発して来ました。最後と思うとかえって戻りづらいですね。
わたしが支援している範囲では国産飲料水が必要です,宜しくお願い致します。

非常に多くの皆さんに訪問いただくBlogでした、どうもありがとうございました。官公庁や大きな企業や海外からのアクセスも多かったようです。
支援もやめてかかっていいのか考え中です。早速ニートですww。
出来ればこのまま被災者との縁も大切にしたいし、最近ニュースにもならなくなってしまった被災地の様子を発信したいですけどね。


ちなみに昨日は被災地にいてこんな感じの所を回りました。
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ちなみにアクアさんは絶好調です。
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みんなから善意を集めてみます?


春の海に来ました。。 [プロジェクトB]

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行った事もないし会ったこともない人たちだからどんなふうだったかわからないけれど、
  穏やかな春が来る海の集落にみんなで移転して暮らしてほしいと思います。
子ども達の元気な鯉のぼりの立つ日本の三陸へ、世界中のみんなの願いが届くようにだいぶ頑張りましたけど。

みんな去年の今頃はうつろで真っ青な顔していました。



事前に約束した支援品を引取りに北海道に向かいます。御協力いただける方がいましたら連絡を下さい。
まずはいっぱいになった分を先に届けます^^。ソニックマイヅルさん、ありがとうございました。
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昨夜支援に行ったアトピーのお子さんのいる世帯にも、もう来れないと説明したけれど困惑した状況でした。
お子さんは自分の姿に学校に泣きながらの登校が続き、ストレスから悪化して帰宅の繰り返し。毎日自宅治療を続けています。
支援して頂いた海洋深層水の効果が出るのに時間がかかると思い自分で通販を探したり、気の出ているスポットに出掛けてみたり必死の様子にとても苦しい気持ちです。被災者だという事を隠し通う学校ではどれほど辛いだろうかと思います。
それでもサイズが変わり小さくなった子供用の肌着を『どなたか困っている方に』とわたしに託しました。
政令指定都市のする行政・福祉ではないと思います。
あらたにわかった家屋全壊で借り上げアパートに住む仙台市内の被災世帯の支援データです。
高2年  女の子 大人M
中3    男の子 大人M
小5  男の子 140~150
二歳  男の子  90~100
4人のお子さんがいます。肌着や靴など好みを聴いてから新しく暮らして頑張ってもらうために全て新しい衣類支援したいと思います。中古では支援にならない事があるのはそのためです。
仙台市内には潜在的にたくさんの借上げ住宅での被災生活世帯があります。もう少し市内の人たち自身が行動して欲しいと願います。こうなると確かに噂の通り仙台市内在住からほかの地域へと支援活動をしているNPOとかは売名などほかの目的のためにしているとしか思えない。。。そして支援はまだまだ必要、支援をやめてしまう状況に自分でも悲しい気持ちです。もっと続けたいけれど、自分で勝手に始めたことで、止めるのも自分の判断次第。被災オタクばかりが増え続ける状況では支援は間々なりません。
続けるならよりたくさんの方に理解を頂き、ここからは自分の責任ではなく皆さんの力を集めて皆さんを信じて進む方法かもしれません。自分でだと大変なストレスのなかでいつでも止める事が出来てしまう、みなさんの力を使い成り代わってならずっと続けられるかもしれない。疲れたりつぶれている場合ではない、アトピーのお子さんのいる世帯の頑張りを見てそう思いました。


ここが真面目だよ日本人(追記) [プロジェクトB]

春の味に協力を(^m^).JPG

このBlogのアクセス元は1年前から英語のみならずドイツ語やフランス語の翻訳サイトが含まれています。

昨年3月の中旬から、都内の自宅の近所の保育園に飲料水を届けていました。
『私達は被災していないし、なんで水を貰わなければいけないんですか?』と園長先生にも保護者の方にも馬鹿げているとわたしは面と向かって言われました。
やがて水道水が汚染されている可能性が公表されて、東京中心にペットボトルの飲料水は売り切れ入手が難しくなりました。保育園はマンションの一室ほどの大きさで園児の数も少なく数ケースを時々届ければ事が足りましたので、関東から愛知や京都、四国や熊本にプリウスやリーフで出掛けては飲料水を購入して東京に帰っていました。
これがリーフの旅や様々なわたしの遠征記事の真相です。

わたしがまだ社会に出る前、子供のときだったと言う表現にしますが。。。映画チャイナシンドロームが某金曜ロードショー(たぶん)で時々・繰り返し放送されていました。わたしの原発知識は子供の時からです。やがて工業大学のゼミでもスリーマイルやチェルノブイリの事例に触れることがあり多くを学びました。
『原子炉の冷却が出来ていない可能性』という表現だけでことの重大性はわかったし、次々と進行するステップは映画やそのほかの事例のそのまま通り。
一度外に出てしまった放射性物質のほとんど全てが分解されて安全なものに変質することはない。半減し影響力が弱まり続けてゆくだけでゼロにはならない。しかも100年単位で。
『事象』の様子を自分で炉心を覗きに行かないとわからないけれど、半径何十キロ圏内かのものを子供が摂取してはいけないし住んでもいけない。スッパリ区切り隔離して立ち入らない、これが本当に正しい対策です。でもいまの日本の狭さと人口密度・経済バランスからはそれが出来ない。

東電のやり方や対応が悪いわけではない。

わたし達全員の知識が足りなかったのがいけない子供のわたしでも知った事を、『わたし達は何も教えられていなかった、知らされていなかった』と言い訳する大人は馬鹿だと言われた事がないんでしょうね、しかも被災後には。わたしは保育園で言われたけれどね^^。

わたしはいま大人になって大人の責任として出来ることを全部しているつもりです。そしてこのBlogを通じてたくさんの方々がそれをしているのと同じです、頑張りましょうね!。本当の事態は深刻です。本当の意味では何しろわたし達全員がすでに微量でも被爆して被災しているからです。
わたしがF県の猫にエサをあげに出掛けるときに防護服は着ません。いまさら着てもしょうがないからです。

東電や政府政治が悪いわけではない、馬鹿だった自分達が悪い、全員が悪い。

いまからでも出来ることを一生懸命してゆくしかない。

最後わたしに会ってから自殺したお年寄りは生粋の福島県人です。思えば最後に手を振らず、ずっとわたしのことを拝んでいたよ。あんたたちにその覚悟があるのかな。本当に困っている人はネットが出来ないよ。
まさか東電からカネ貰って生き続けるような甘えはないだろうね、自分の知識が足りなかった事を棚に上げて。自分の責任なんじゃないの?、いまのこの事象ぜんぶがね。
日本人的に当たり障りなく『そうですね、そうしていただければ幸いです』とか緩い感覚でかわいそうですねと返事が来るとでも思ってたのかな。何とかさんがBlogを止めればそれでいいんじゃないかとかなら、わたしは大人の責任でなり代わりわたし自身がBlogをやめます。このあとやりたい放題しますww。連座で落選まってな。

Blogの更新はここまでです。YesとNoがハッキリいえる日本人になろうね^^/


追記:
^^いま新幹線で東京に戻る途中です、福島の支援なんて被災オタクがいるうちはやってられないと思いますけれどね。
当初政府が設定した何キロ圏内とかは過去の事例をふまえた正しい数値です。
そしてとにかくその中には戻ってはいけない。
戻るために家を洗浄して、それが充分に処理される事なくまた集まったり場合によっては流れ出したりします。よくやられている車や建物など様々な除洗はなぜ必要かというとその中に戻ろうと活動するからです。いまのところそれが全部海に流れて、太平洋を周回し始めています。やがて雨で洗われるとしても、それを自分達で洗い水出しているか否かのこと。洗って流した分は人間の責任です。被害者のつもりが取り返しのつかない加害者になっていないか、自分自身をよく見直したほうがいいと思います。


北海道週末プラン [プロジェクトB]

もしよかったら連絡下さい^^/

北海道に行く案を考えています。
日程は21日午後から22日午前までおよそ24時間を道央あたりにいる予定をしています。さらに長く居る事(日中移動でもっと遠く)も可能です。
渡船に有利な車長の短いアクアを1週間借りました、ただし夏タイヤ。
これと高速道路の東北振興観光支援パス(東北6県の高速道路ほぼ全線がのり放題)を併用して経費は抑えます。

必要なのは仮設団地の母子家庭の飲料用ペットボトル国産品です。
このほかはたいていの物が揃っているので大丈夫です(思うものがありましたら要相談です)。
雪あけで慌しい頃になりますが、支援を検討いただける方の連絡をお待ちしています。
1人でも多くの方に被災地と共にある気持ちを持っていただけるようになればいいと願っています。


春の味に協力を(追記) [プロジェクトB]

前記事がストレートすぎたかもしれないし少しまたあいだを置いて現状をと思っています。

(追記)前記事は閲覧の難しい方はじっくり読まないで下さい。ただし、これが現実です。それを踏まえたうえで被災地と共にある気持ちを大切にしていただければ幸いです。
今日から2つ目の人生として歩むこの世帯にも応援いただければ幸いです。

さらに一つ前のイオンの話しの続きです。
イオンでの購入品のうち飲料水はこんな感じで定期運行のトラックからそのまま引取ります。
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担当者の方が運んだりするのも手伝ってくださいます。

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事前に頼まずともこれだけの量を常に用意していただいていました。
単純にわたしがたくさん購入するからだけではなく、いざとなったらと言う配慮・企業姿勢を感じた事もありました。

イオンという支援 http://404-island.blog.so-net.ne.jp/2012-04-14
の記事の中で触れていた三陸わかめのことについてここに追記します。
わかめの産地は各地に分散していて、九州なら熊本の業者のものなど、関西なら鳴門や和歌山のもの、中京地区では三重・愛知の業者のものがそれぞれ売り場に並んでいます。
このほか数が少なくても日本海側の新潟産、道内では北海道産がそれぞれ販売されていて、御近所の売り場に三陸わかめがあるかは探してみる事になるかもしれません。
三陸わかめは寒流育ちな事があり、コクや風味に大きく違いがあります。南の地区のものとは厚さが違うなどで食感としてもその差を感じると思います。関西地区など中心に全国的に中国産・韓国産なども多く出回っていて、薄い感覚のわかめに食べなれてしまっている事があるかもしれません。
わかめは葉っぱだけでなく芯やめかぶなど部位ごとに楽しめるかなり優秀な食材です。
今年産の物は懸念される放射性物質もなく生産が続行しています。
塩蔵などで洗ってサラダにとかの長期保存パック、安価な原藻(生)などで販売されています。
よかったら三陸産のわかめを購入して御賞味下さいm(_ _)m。
今年は豊作です。ごっそり海水が入れ替わり水質が元気になった事、海がきれいになった事で傷が少ないなど良品な事も特筆に値します。

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わたしが支援している漁業世帯の庭にも春が来ました。採れ過ぎに追われても少しでも皆さんに恩返しをと休日もなく頑張っています。
安価な外国産に片寄らず、国内産として、また支援の一環として購入消費に御協力いただければ幸いです^^/。
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春の味に協力を(^0^).JPG
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