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阿蘇にいます [プロジェクトB]

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台風の影響か、南阿蘇も雨が激しくなりはじめました。
引っ越し100%支援で久々満載で長距離でした。何軒か回ってから経費節約で戻ります。
みんなとっても頑張っていますからわたしも頑張ります♪


特効薬 [プロジェクトB]

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前記事の通り熱中症(たぶん)で意識不明になってしまいましたが、
これがあれば大丈夫(^_^)v

被災地でみんなが作ってるんだよなと思うと、旨さがホント胃に染みて効いてます!

ミネラルとかビタミンとか足りなくなってた分を補えるのですかね、体が欲しがる的にとにかく旨い♪

炎天下。。。嵐の前にと買い物に行って(どれぐらい無理が利くか試したのですけど(  ̄ー ̄)ノ良い子は真似しない!、充分死にかけてたと医者に怒られてるので)
衝動買いして1パック食べまして。
美味しかった~
三陸でみんなが獲ってるんだよなと思うと、暑い日にポカリが体に広がってくみたいに、海な味が毛細血管にキテる感じ。
幸せな気持ち、何時振りだろうか思いつかないですけれど、あ~もー幸せ♪ 三陸の海のみんなのおかげだなぁ。生き返りました♪♪

夕方にもう一度大人買いしてきました♪♪

夏バテとかに効くんじゃないですかね、
三陸産メカブを夏の終わりにみんなで食べましょう!!

ICU [プロジェクトB]

^^;
昨日の朝、移動の列車内で発汗がひどくなって途中駅で降りた後目が覚めたらICUで、体にいっぱいコードがくっ付いていました。
一般病棟に移ってすぐどうしても退院したいとお願いしてとりあえずいつもの派遣先のプレハブ小屋に戻って一晩グッタリ過ごしました。夏休みも大分・熊本、そして東北にと資金が必要で頑張っていましたが。。。
寝ている間に夢を見ていたわけではないしよくわからないけれど、熊本で思い付いた仮設団地ではなく各人庭先の小屋での避難生活がかたちになり。。。ホッとしている被災者の笑顔が東北で新築を建て直した世帯の時ようでした。もしかしたらわたしにしかワカラナイかもしれないけれど、色々と日本は間違っている。相手が大勢や政治にならぬように、わたしの相手は被災世帯であるようにと強く感じました。
体じゅうのパーツが一つずつ動きが遅く、自分の物じゃないみたいに指まで自由にならないみたいでキーを打つのも間違いがすごいです。退院するのもタダではできないし、大分・熊本も東北にも出来るだけしてゆく中で、必要以上に働かないと。

人は一人として同じ者はいないのに。。。 。。。 。。。

ただそれだけを大切にする為に自分を引き換えにしても足りない。
被災では体や心の欠損した弱者だけが厳しくなり、お金も自由も有る者が好き勝手できる。
自然の中では優性な者だけ残る摂理は歪められないのだけれど、生きて自分を発揮して、『活きる』チカラをないがしろにしたくないですね。
知力、体力、精神力、行動力、ほかにも何かしら人は特徴を持ち、自分のためだけでなく、時に自分自身に挑み時に人に思いやりを向けるそんな風に社会が出来がっているんだろうなと思います。
私利私欲に目がくらみ、人や制度を都合よく利用したりするミジメさをどうしたら皆様に伝えられるか、はがゆく思います。

東北漁業特産の海産物を地道に守り生業とし、苦しい中でも復興して続けて、次世代に残して行くべく奮闘している被災者がいます。
仕事が見つからずに過ごす中で地震被災して、それでもなお台風や土砂災害に負けず育った町に残り、家でも道路でも造り直して行きたいという被災者が九州にいます。
でも全部根源が、実現できないのがお金が理由。。。 お金って人が勝手に作りだした単位で地球的に実は全く意味の無い単位なんですけれどね。気持ちさえ『プライスレス』と置き換えられてしまう。おかしいなって思ってる暇もわたしには無くって、今週中には九州で避難生活しているお年寄りの毛布を洗濯してと頼まれているし、皆さんの大好きな旬のサンマ漁に船長として臨む被災者を、板子一枚下は地獄の、津波で全てを奪ったはずの海に送り出したい。
遊んでいる気持ちがないまま数年過ごし遊びって何になのかも思い出せないし、人を信じていいのかもわからなくなってしまっていますが。とりあえず昨夜からは携帯の電源を切り久々にPCをたちあげて書き込みが出来ている次第。
壊れてしまった家のなかで子猫が生まれていてどうしたものかと熊本から連絡をもらって、野良?猫一家をつかまえて新築かなった東北の世帯に新しい家族として迎えてもらうこと二回、そのほかにも同じ被災者同士と言うべきか気持ちがわかる者同士で、離れていて会う事も無くても気持ちを大切にしあえるように、大変すぎて自分ばかりに陥らないように目を向けあえるように。社会のあり方ばかりに気持ちを注ぎたくはないですね。。。


今週2度目 [プロジェクトB]

東北から熊本へ、今週二回目の往復中です(えええええーーー;)

前回はトラックで荷物でしたが今回は人間。
途中を飛ばしちゃってるので関係性が??の方もついてきてください!
今年大学受験に成功した支援先の娘の先輩、東北被災地の大学で学び仕事に就きたいと来ていたのですが実家の熊本が震災、避難所にいる親御さんの所へと送り届けました。
途中の九州道ではチャルメラとチキンラーメンのキッチンカーと並走、炊き出しに向かうのだと思いました。みんな頑張れ、わたしもついでに頑張れです♪

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状況画像だとかはメディアに任せてアップしません、場所も。
見かけた小規模避難場所にいたお年寄りから毛布の洗濯を頼まれて現在コインランドリー中です。
今晩使うころまでには戻ってお渡しします。

往復すると3500キロを余裕で超えますがなんか慣れた。。。

午前中の親子は避難所を出て宿泊場所を押さえたので夕方にはもう一度移動のお手伝いをします。
わたしから。。。有明海沿いの温泉の家族風呂を予約致しましたので途中で一家で利用してもらう予定です。

また戦場に来てしまったけれど今のところ当時の通り冴えてます。これも今日までこのBlogを大切にして頂いてる皆様のおかげ、心から感謝いたします。
(汗)レイによって逐一アップも様子も書けないけれど、出来ることはするし経験も現場に全部伝えます。どうかそれで許してください。

新年度 [プロジェクトB]

大変なご無沙汰です。そして大変な時期に投稿致します。
何処でなにやってんのかとかもさることながら、果たして閲覧してくださる方が何人いるか?
先週まで(最近は月に数度の時もありましたが)毎週東北に行っていました。ほったらかしの記事も多いですがそれ以上にあれこれと一つずつ一人ずつの東北との関わりは続いています。この間にもたくさんの方にご尽力賜りました、ありがとうございました。

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九州でも災害があり、日々甚大な様相が増しています。東北から5年が経ち様々なシステムが見直されているはずでしたが、見聞きしている範囲の現象は当時と一緒。この先も例えば5年後が今みたいだったらちょっと困るなと考えてしまいます。
今日になり避難場所の閉鎖が出たとの記事を見かけたので、国や自治体の限界を現場以上に皆さんが感じているのではとこの記事をアップしました。

様々な制度を決めているのは公の社会で、現場ではそれを上回る民間活力が弱者を助けます。
たった一つだけでもいい、『のどが渇いた』とか『話を聴いてほしい』のたった一つの願いが叶うだけでも避難者が次の困難に向かう力になります。

支援とはボランティアとは違うジャンル、誰もが一つずつ寄り添うことのできる大きな支えです。わたしは未だに何処のボランティアセンターにも登録していないままです。
被災して通常の社会情勢とは違う流れにいて、さらに取り残されてしまう弱者を増やしてしまわないように、皆様どうか本来あるご自分の中の思いやる心を大切にしてください。
東北で様々な経験をさせて頂きました、身に迫る思いからわたしも同じようによく眠れていません。情報は様々飛び交っていますが、今この同じ時に困難を強いられている方々が大勢いる、中には弱者の方も多いことを忘れずにいてほしいと願っています。

困難な中の未来、今年も支援先から大学生を産み出せました。でも大変でした。皆様に支えて頂いた気持ちがかたちになるように、ほかにお返しするものなにもないですから。みんな無事進学も就職もできました。
ほかにも報告はいっぱいあります。時間を捻り出してアップしたいです。

被災世帯の新しい家族達 [プロジェクトB]

いつも訪問ありがとうございます。
前記事へのコメントもたくさん頂いて恐縮です。m(._.)m

今年最初の記事になってしまいます(汗)、懸案の動物達の話し。
書くと長くなるのですが、わたしがしている範囲は狭いのでちょっとアッサリとになります。

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画像は新築かないました支援先世帯のコタツの中で過ごしている猫さんです。


被災借り上げ住宅で孤独死していたお年寄りと暮らしていました。
ご遺体と猫さんの引き取り手が見つからず、行政措置で保健所に移された猫さんです。

まだ若い姉弟ですが、飼い主の最期を看取って寄り添い待っていたせいかとてもおとなしいです。


被災地域の保健所からの子達を、新しい生活を再スタートさせた支援先世帯に紹介するようになってから4年になります。
その間に20程の小さな命とふれあいましたが公開せずに来ました。


わたしが連れて帰れるのはいつも1~2つの命です。


どんな子がよいですかと職員の方に助けて頂きますが、
      次の日には消されてしまう命の中から選ばなければなりません。


柵の中のほかの命に背を向けて、控えて待つ支援先世帯に新しい家族を笑顔で引き継ぎます。




なかなか動物の話しをアップせずにきたのはわたしの東北での日々のこんな様子からです。
雑な表記の簡易な記事ですが、あとはコメント欄を活用させて頂ければ幸いです♪

わたしはこの通りこのまま。。。よかったらこれからも変わらずお付き合い頂ければ重ねて幸いです。

 


年末にお願いです(追記)。。。 [プロジェクトB]

ご無沙汰しています。突然の投稿状態になっちゃいますがスミマセン(笑)。
あまり気が進まないのですが、皆様が見たいのはきっとこんな画像だと思って取り急ぎアップします。
 
 
 (バイザーに固定したカメラで自動記録した一部です)
 
現在は3階だった建屋跡より高い地盤を用意しています。
雪で気温が氷点下、夜になり凍結も酷く、仮りの暮らしが続く状況には厳しさを増します。
仮設や借り上げなどで暮らしている現状は、例えば国際的には避難生活と捉えられるとわたしは思っています。
やがて5年が経ち、広範囲にわたりこの生活が続き直接的な改善が進んでいないのは国力を問われるかも。
(SNSでアップしたら検閲に引っ掛かったぐらい某国としては知られたくないらしい。。。) 

動画中の最初に映っている道際のコンテナハウスは当時のコレです。
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2011年9月に通じてミシンを渡してもらうために行った時のもの。水は定常的に届けていて、入口のパイプ椅子の上に置いてもらいました。必要な方に誰でもいつでも配ってもらってました。被災者だけでなく付近で電線張りや道路工事、瓦礫整理、捜索などされていた方々も利用していました。
 
復興という言葉に人間性を持たせられたらいいなと思っています。
 
たくさんの方に昨日今日の様子が伝わればと願っています。
皆様への訪問は滞りがちなのに申し訳ないのですがリンクでもなんでもご紹介広めて頂きたく思っています。
宜しくお願い致します。
今晩コメント返信出来ると思います。重ねて宜しくお願い致します。 
 
===<追記:2015.12.31(10:15)>====================== 
 旅爺さん様からのコメントに画像でもお返事したくて追記しました。
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新しく復興公営住宅に入居したお年寄り世帯で夕飯を頂いた時の画像です。
事前に連絡した際に体の調子が悪く炊飯できなかったと言ってたので、パックご飯を1ケースと好物と聞いていた筋子を用意して行きました。
年金暮らしで再建の可能性はなく災害対策公営団地に入りましたが 家賃が負担になっています。
料理が得意な方で調子が良いときに作った副菜で一緒に食事をしました。画像の筋子は塩分を抜こうと思いわたしがその場でみりんに浸けたものです。このまま特別なことはせず病院が始まるまで正月をやり過ごすそうです。
静かに日々を向かえるのが精一杯の高齢者被災世帯もあります。現場にいると特別な世帯だとは思いません。
 
新築叶って幸せな世帯でも食事もしたし画像もありますが、
ごめんなさい 、年の瀬に。
。。。(涙)良かったですねと記事にはできそうもありません。
また来るねとドアを閉じるときにお年寄りがホッとした顔してたのがせめてよかったかなと書けるぐらい。
様々な日本の縮図がここでは極端です。 
 

仮暮らしの花 [プロジェクトB]

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プレハブ小屋の隅にタンポポ咲いてました。。。
気温一桁でも陽が当たるから春先みたいなのかも。このあと種が飛ぶまで無事でいられるか心配に思います。
 
年内に出掛けられそうなのは今週が最後でした、年末モードな職場です。夜勤明けから一眠りしてみたけどこめかみがくっつきそうなぐらい熱くて痛いです(≧h≦)、以前は威勢よく出発してたのにね(笑)。
皆様なら無理せず休んでと言うだろうけど、行く先は本当に大変で本当に苦労し続けのみなし仮設や自力で復興の世帯です。こんなもんじゃないと自分と比べていつも思うんですよね。
もう何か持ってく訳じゃないのですけれど、顔を出せばそれだけで心が元気も解決もする人達なのだから。
(* ̄∇ ̄*)もう一度寝たら夜までには出発します。
いつもたくさんの訪問ありがとうございます、コメントのお返事が前々記事までは(超汗;)追いつきました。峠が雪になっちゃうまでの唯一の機会かな。二度寝後に目が覚め次第行ってきます \(^o^)/

長い間でスイマセン^^; [プロジェクトB]

前記事が夏の終わりでしたので(汗)もうすぐ冬のこの間に色々な事がありました(当たり前ですね;)。
Blog訪問が思いっきり滞っているにもかかわらず前回も100nice!を超えて、日々の閲覧数も実はうなぎ上りでして。。。
ここにお集まりいただく皆様に心から感謝いたします。

PCに向かうことが出来るぐらいにだんだん気持ちは元気になっていますが、コメントのお返事や巡回はまだ無理かな(笑;)。
でも今日は年末モードの夜勤から帰って一眠りしてから書いています。

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支援を通じてお世話になっている方々の処へお伺いする事が多くなっていますが東北にも出掛けています。
紹介を目的に画像収集を一切していないので記事もナイと思ってください。時間が経つにつれ(この冬があければ5年ですからね)、行き先のプライバシー等の尊重を優先しています。それだけ画一な括りで被災地域を伝えられない、それぞれの個をもって変化を続けています。千差万別は人の基本だとあらためて実感しています。

みんな元気です!     ←ちょっとウソですw
みんな健康は変わりないので心配しないでください!!
でも5年だから。。。全員が当時に初めて会った人たちなのですが(行った事も会った事もない人たちでしたから)みんな歳を経ました。そしてお渡しした物資の耐久品でさえも寿命が尽き始めています。
皆様もご自身の人生で5年って長くないですか?


先日お伺いした新築叶った世帯にも、『ここから改めて被災のスタートラインなんですよ、新築が目標だったろうけれど例えば家具だってなんだって全部揃えなおすことから。一般的にあって当たり前の物が一つもないと津波流出を実感するし思い出す事もたくさんあるから、気持ちも物質的にも全部ここから。今からこそ本当の意味で頑張ってくださいね、いまが復興のスタートラインです。』
また自分の暮らしを取り戻すキッカケとしてのマイホームなのであって、夢の家族設計の明るい未来へ進むものではない感じ。
へたり込む感じと、それでも新築の香りと。おそらくふつうに暮らしている多くの皆様にわからない心境かも。
5年の空白だったと捉える被災者が多くなっています。自然災害、無策、生活環境ets、漠然と小さな自分を思うことしきりです。
5年って長くないですか。。。

でも少しでもうれしいと思う気持ちもちゃんとありますから大丈夫。
建築ラッシュでスケジュール押しまくりの地域の事なので、完全完成での新築引き渡しは少なくて、
とりあえず引っ越してめんどくさい感慨の暇もなかったりです(^^;)。
片付かない新築で初めての週末にお子さんが友達を連れて来たと聞く機会が多いです!。未来は次々明るく書き換わっています♪♪

『もう一つ大切なお話しがあります、わたしの事は忘れてしまってください』
必ず伝えています、それが復興の本当の意味です。そうあるべき、そのみんなの姿がわたしには見え続けていましたから(^^)。
正規に記事として書く機会に画像使いまわすと思います(^^;;)、たった一枚の画像にすさまじい意味が詰まっています。
いつも訪問ありがとうございます、ちゃんとまた書きますのでまた来てください(ええぇぇーーーだよねww)

新しい季節のなかで [プロジェクトB]

またしても間が出来てしまいましたが(汗)、先日行った時の画像を1枚だけ。

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保安の為に浜に向けた照明(左上の緑色)以外、右下へとスッパリと暗い左側が津波被害の地面です。
高台移転もしていますが、この浜では残った地区を中心に生活が続いています。
何百キロも多くが壊滅した海岸部ですが、小さな入り江・急坂の漁港だったこの場所では被災以前の状況が続いています。

復興の為に新しい街の再構築が手法として一般的です。完成までには相当な時間が必要で。。。

ガッカリすると思うので赤茶けた開発中の各地の様子は配慮してBlogに使いません。
配慮とはもちろん政治的な為ではないし!、皆さんの印象の為が少しとほとんどは被災者の心の疲れへの配慮。

被災者自身は気付いていませんが、時間が経ち(四年半)、落ち着いてきたのではなく疲れて元気がなくなったとわたしは感じています。
画像のこの浜にも今回お伺いする事なく遠くから眺めて帰りました。
えぇぇ~と思うでしょうし来たなら寄ってと支援世帯も言うだろうけれど、

今だからこそ静かに心情や浜の時の流れを大切にしたいと思っています。
イベントにはやるのや聞き込みに走るのも不適切だと『ボランティア』にも地域側にも言いたいです。


町が明るくてよかった


少し微笑んで眺めて過ごしました♪
時刻は19時過ぎでサザエさんが終わった頃、日の良い明日の出漁に備えて大人はもう寝てるし子供達も早寝し始めているでしょう。東北の夏休みは短くもう学校も始まって、むしろ宿題から解放されて?ほっとしているのは子供達と疲れたお母さん達かな。
そしてこの浜の場合は殆どが既にサンマ漁に遠地へ出てしまっています。安全を願っていますが怪我をしたり体を痛めて戻ってくる場合も多々あるんですよ、今の漁場は北海道の東方です。
人影も車すら走っていないけれど、わたしは。。。遠くから。。。この画像の通り町の様子を見てほっとして戻りました。


『心遣いいつもありがとう、夏休みの部活費用に使いました。合宿や成長して一回り大きくなってユニホームも買い換えて出費に使わせてもらいました。こないだ入学したようだったけどあっという間に今度は修学旅行です。始まった積立にも使っています』
期せずしてこの浜の世帯から翌朝に連絡メールが来ました、コッソリ浜に行ったのがバレタわけではなさそう(笑)、
都合よく以心伝心と表現しておきます。だけど今でも虫の知らせ的なリンクが連絡としてくることがたくさんあり自分でもビックリします。
今でも遠くてもみんなと一緒、僭越ながらわたくしを通じてでいいので皆様にも同じようにこの記事から東北を思っていただければ幸いです。

前記事のお返事とか訪問とか明日(元気だったら(爆))いたします、今からまた夜勤なのでよろしくお願いします。
頑張って自信をもって東北の子供たちに届けられるように全力で働いてきます♪


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