モラルが支援に使えない [プロジェクトB]

被災してしまうとモラルが問われることがないのかな。。。
画像の未来道プロジェクトの資料の表紙ですが、連記された名前のひとりは、わたしから200万円以上の支援を受け、玄関先の靴からトイレの便座カバーまで(その途中の電子家電も)わたしの支援品で暮らしています。
そしてその受け渡しは必ず夜の指定です。
それは同じ仮設団地に住む相談役にわからないようにするためです。
わたしから特別な支援を受けていることがわかれば、およそ執行部どころか町にも住めないからでしょうね。
わたし達みんなの善意より派閥争いが大切な町だから。
この世帯は南三陸町で最後まで避難所から出ようとしなかった三十世帯弱の一つです。
仮設住宅が引き渡しになりましたが、民間の民宿避難所でも2週間ほど暮らし続けました。
民間の避難所には1人5000円の補助が公費から払われます。家族が数人なら期間分だけでも高額です。
そして仮設住宅の建設は同じく公費が当てられてのことなので、屁理屈ならばこの世帯には二重に公金支出があったことになります。
その感覚のままがこのプロジェクトに生かされているし、NHK特集も然りだろうと思います。
船がなければはじまらないからという言い訳では、船さえ手に入れば復興のためでなくてもなんでもするという本音も聞かせていただいたし、なんでももらえる女性陣がいるからグヘヘヘヘと自慢も関係者から聞きました。
わたしの支援が、何とかしてあげようと思う気持ちが、複数の支援者とともに天秤にかけられました。
NHK特集でいかにも支援として用意された福福丸は、たくさんの気遣いなども含めた資金で被災地外から買ってくれたものなので、わたしから様々な支援がその世帯にあってはいけないらしいです、現在はわたしからの連絡は断られる世帯です。。。
今は重複したその船の資金を関係者に返す状況も発生しているほどです。それって返せば済むとかの事ではないですよ(^o^)。。。
漁船の購入にはその考慮から様々な補助金制度が利用されます。ですがその性格上この福福丸の購入費は全額自費でなければならないと考えられています。それは放送にも利用された購入方法だったからです。民意ではなく制作著作などのためだったからです。
自分の手出しが6分の1で済むと言う漁船補助金制度の枠もここにはありますが、たとえばその残りの6分の5は誰が出したことになりますか?
みんなが納得できる使い道でなかったとしたら、わたしは黙っていません。
この福福丸と未来道の地域は略奪や避難所として徹底的な差別を受けた方がたくさんいます。
いま、その不公平の是正のためにたくさんの支援を被害者側にわたしがしていたとして、それで差別を受けた方々がやっと納得をして未来道や福福丸を受け入れる気持ちになったとしたら。。。それは今でもわたしが執行部世帯と未来道を支えているからにほかなりません。それは屁理屈ではなくリアルタイムな現実です。
ほかの集落や世帯では補助制度を組み合わせ自分で復興のために船を用意し漁業再開に向かいました。
もちろんわたしも、そしてわたしと一緒になってたくさんの人がそれを支えました。。。
でもここはその執行部のモラルのために無償で済めば何でも良かった、
どんなに人を量る天秤が活躍したかと思う。
それでも支援をすることを辛い苦しいことだと多くの方が感じると思います。
ここは戦場だから、わたしがあきらめることはありません。
いつもたくさんの訪問ありがとうございます。そして被災地とともにある気持ちを忘れないで下さい。
避難所のお米 [プロジェクトB]
2011年7月7日の馬場中山地区の避難所の様子です。
ここは馬場中山センターではありません、ここが多くの方がいた本当の避難所です。
センターからは何も物資が来ませんでした。NHK特集とはたがう様子です。
もう一度書きますが、今日までの中で馬場中山センターに支援してしまった人はご自分の支援が正しく分配されたか問い合わせをして下さい。
すげーかっこいいお兄ちゃんがいて、漁をして得たお金でここの毎日の食費をだしていたし、妹さんが買出しもしたし、そしてなによりこの水産加工場での経費は全部社長がもってみんなで暮らしていました。被災から4ヶ月目になろうとした頃のこの画像の通り、支援なく雑多ながらも協力していました。
これを差し置いてこの地区で様々なプロジェクトをしている団体や協力している個人に伝えたい。
今すぐ一旦止めなさい!!。
そして地域の状況をちゃんと把握した上で最良の進路を再考したほうがいい、わたしは毎日動静を記録しています。おかしなこといっぱいあるよ、だまされてないか自分の責任を果たしなおしたほうがいい。ここで支援したりしている人はみなその背後にさらにたくさんの方々の後押しがあるはず。そのたくさんの気持ちを関わったみんなが裏切ってる。。。

今日のわたしの唯一の食事です。
本当は漁に出るはずのところ、しけて見合わせたために準備が空振りになった分をせんえつながら頂きました。
このご飯は半年前にみんなで避難所で食べていたお米を炊いたものです。
わたし達はまだずっと食べています。これが実態です、もったいないから。これが本来の姿と皆さんもそう望む状況かもしれませんが、かたやNHK特集で出尽くしたセンター側は言うまでもなく対峙しこの逆です。
また近隣の避難施設などでは、関係者の略奪が過ぎて自分で食べ切れす畑に頂いた米を捨ててました。
この無念、世界中の支援をしてくれた気持ちに反した実情に今こそ響くときだと思います。
1月17日(福島追記) [プロジェクトB]
今年も辛い気持ちの日が来たけれど、今年からはみんなのための日に代わります。
昨日支援している世帯に初孫が誕生しました。詳細は関係者様にお伝えしたとおりです(⌒~⌒)。
物量から世帯ごと小口訪問用にプリウスを借りて、長距離もあったけど週末から今朝まででも3700kmちょっと。
毎日被災地内だけでなく外の世界との往復も多くして、出来るだけ外の様子を被災者に教えることにも努めているし中の様子も伝えて協力を願っています。



昨日は17日にあわせておでんの炊き出しとかあったけど、その意味のわかってる人少なかったかもしれませんね。久々にいいの当たったとかの話しも出たし、もらい慣れとかの感覚は戻らないかもしれません。
そして三陸産品も何を間違ったかどんどん売れるからたくさん獲るべしなちょっとずれた話しもあります。
本来の三陸のチカラで順調なわけではなく、やはり外の方々の努力があって始めて消費がされていることを見失ってる浜は多いです。それはわたしには困ったことにも思うけれど、スーパーなどで海域表示のなされた海産物の売り場を見れば被災した漁業世帯のほとんどはガッカリすると思います。その現実が伝わっていないだけ、それほどに代表組織が隠匿を繰り返すし自己の利益最優先なことがここではおきている。。。
例えば昨日の地域新聞紙で被害が大きかったところを順調に復興している内容の記事があったけど、その水産会社は実は流れていない誤報です。書かれた方も困惑のイメージ戦略がそこにあります。自分達の組織では取り組まず、ひとのふんどしで相撲をとろうとする感じ。各企業努力では解決しない販促を本来は協同組合や組織だって積極的にしなければその存在意味はもうない。どこかの国の体質そのものです。自分で自分の意味のなさを露呈してることにも気付かないなんてね(^^;)、その狭間の被災者や支援は毎日本当に大変な状況にあります。
わたしにご協力いただく皆さんには、被災地と共にある事の意味を感じる日だったのが唯一むくわれた気持ちでした。
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追記 (2012.01.19.10:00)
みなさん訪問ありがとうございます!!。勢いの記事時も多いけど過去記事も閲覧していただければ幸いです。
最近は時間の許す限り福島の制限区域に関した地区の猫達のところに行っています。昨日も除染作業の防護服の方々をたくさん見かけました。
姿をみせたり見せなかったりの黒猫や牛斑、テリトリー化しているようで場所毎に見かけるポイントは決まっています。
カラスもいないし猫の天下なのかもしれませんが、それは不自然なバランスそのものです。
見かけた猫は、寒いからもあって膨らんで身動きせずもの凄い目つきでわたしのほうを見ているだけです。
この運命をだれも想像できないし決めることも出来ない、わたしの能力では捕まえることが出来ずじまい。。。
ここでずっと暮らすことを決める力が備わっているのか、それもわたしにはわからない。
制限区域近くの産直品売り場にいつも寄りますが、地元の方は多くはないけれど地元産の野菜などを買って帰られます。
何がどれくらい怖いか大変かわかっている方々の選択。
スーパーのは高くて古くて。。。と言ってらしたお年寄り。年寄りが自分で食べるからいいんだと。
見ている間でも何組か訪れます。
敬遠されている三陸産品もわたしは美味しく頂いています。
今が旬だよと新ワカメも湯引きで頂きましたよ。各世帯ごと食べ方も味付けも違うけれどみんな美味しくてね。
自信がないものを薦めないよね、一生懸命作ってるのだから。制限区域に関した地区の産直野菜売り場だってそうだ!。
お子さんには影響があるかもしれないと様々な研究の中で与えられた知識としてはですよね。
だったらぶちまけた大人の責任で、わたしは大人として消費に努めたい。
食べて暮らしている人なら地元にたくさんいますから。
ナチュラルという自然と大いなる自然と、どちらも人の勘違いの言葉かもしれないと思っています。
制限区域に関係した地域の猫達は人と共に暮らしていて、被災して、そしていま おとなしく過ごしています。
人型決戦兵器(被災タイプ追記) [プロジェクトB]

毎日限界越えかかりの半年以上、今日も移動中ですが道の駅の附属温泉に入っています。
錆色で 入ってる自分の肩も見えない濁り湯が、どこかの決戦兵器が浸かってるまんまに思うんですけど。。。
雪の人型も午後の胞子であっと言う間に埋まりました。
たまにはこんな時間もある(めったにない)と言うことで、
いつも身体も精神も限界線上で皆さんに心配ばかりですけど安心を。
実際のところ寿命は随分縮んだし身体も小さくなったと言われています。
限界と言ってもスポーツや人生の挑戦でもないし、戦果なき戦いでなにも残りません。
どこが十全なのか、何ヶ月も経ってやっと出来た商店街(それも小規模中心)、
コタツが無くてコンパネにヒーターの暖気を引き込んだ在宅の方の食卓。
本当にちゃんと見たなら言葉なんか出ないはず。
グダグダ言ってないでさっさと復興庁をドンと建てて死ぬ気で引っ越して来いって、ここはそう言うところです。
品物が揃い家が建てば復興てことはありえない、漁師町ならば。
いまさらお山の大将の派閥争いで馬場中山支援センターを新設したバカにはみんなであきれています。
今になってもまだ『欲しい欲しい』センターを作った感覚がそのまんま。
もう一度言うけど以前よりこの地区に支援した方は自分達の支援品や義援金がちゃんと地域に行き渡ったか再確認を入れてください。
被災から4ヶ月も経った7月の馬場中山地区避難施設の画像です。みんなが支援していたのは馬場中山センターであってたくさんの方がいた避難施設ではありません!!(エーーー)。
この画像は女性ばかりがぎっしり雑魚寝している避難部屋の様子です。4ヶ月も経ってもこの状況、例えば同じ女性としてこの辛さがどこまで想像できますか。
よーく見て下さい。畳じゃないですよ!、コンクリートの土間にダンボール敷いてあるだけの上に4ヶ月目のこの状況ですよ。
それをさしおいていまだに馬場中山センター側に支援している女性陣には二度と来て欲しくない、当たり前の理屈です。
この避難所にはなにひとつ支援品が届きませんでした。馬場中山センターからキャベツの葉っぱ一枚も来なかったのが真実です。
だから今更くれくれ支援センターを作るのではなく、
今から作るなら復興センターでしょう。
(ちなみにこないだのスンブドゥはみんなやっぱいらないって言うから本当に困っている地域にわたしが配ったよ(失笑)ふつうに終ってる。。。)
そして漁師町の本当の復興のためにすることは産品の風評被害を解消することです。
支援者としてこんなことしてるのはわたしだけですが、本来の三陸産消費地の各県を回り実態を調べ続けています。
関東も回ったし東北各県もすでに調査済み、現在何周目かで昨日が秋田、今日が青森です。
今から出てくる超有名『三陸わかめ』、新物はすでに出始め大手スーパーでも取り扱っています。
仙台市内では対抗で北海道産の方が安い場所もありますが、どーかひとつ三陸産を検討してくださいm(_ _)m。
安全性とかほかの不安要素とかはここで語ってもしょうがないから各個人の責任範囲で、三陸産を探してください。
自分の責任の中で三陸産品を消費していただくことは、どこでもだれでも出来る支援方法です。
日常(年末版) [プロジェクトB]
30分番組用(23分30秒)のながーい動画なので、年末年始のTVに飽きたときに見てください。
出来たらたくさんの方に、冬休みをむかえるこの地域の様子を観ていただければ幸いです。
クリスマスキター>< [プロジェクトB]
本当は馬場中山センターの略奪王が山古志村の義援金ネコババ未遂したの白状したこと書こうと思ったんですが次にします(別サイトでは米の略奪未遂もあがってるんですけれど;)。

今日支援に行った仙台市内の被災世帯でクリスマスプレゼントを頂きました。
冬休みにかけて仮設校舎に通うお子さんが次々にインフルエンザにかかり親御さんも不調ぎみとのことで、お買い物代行で山形の新鮮な地元野菜をたくさん届けました。こちらの世帯には野菜など家事用の支援が多いです。
出来ることを出来るだけ、支援活動の基本です。高額でなくても、ふたかかえもある野菜全部で産直価格の1000円ちょっと、しかも生産者名つきの新鮮野菜の支援です。
プレゼントはいつも薄着のわたくしにわざわざ用意していただいたもので早速使っています。
本当にありがとうございました^^/。
略奪村に陽は堕ちて [プロジェクトB]
やっぱりクリスマスだもんイルミネーション点けっぺしとなったのですが、用意したのがネットコジキとつるむ支援者でした。
略奪村のフラッグシップである地域センターにイルミ設置して飾ったのですが、わたしがお願いして撤去してもらいました。
(?_?)
皆さんなら。。。わたしも一緒になって悦ばしく記事化しそうに思うでしょうが全く逆転有罪です(笑)。
実際に他の地区には電飾わたしも支援しています。そこは小さいながらも耐える暮らしのつづく仮設団地と在宅被災の子供達が多くいて、全体に満遍なくわたしの支援が平均している(残念ながら珍しい)地域です。みんなの気持ちや考え方も同じく揃っていて、地域内の皆さんから依頼があったので支援しました。
略奪村はダメダメなわけはそのあたりが原因になります。
NHK特集の180度大間違いと同じです。むしろ立て役者の勘違い支援者が存在しています。番組ディレクターと一緒でその地域の本当の避難生活を知らないまま、略奪王やネットコジキに言われるがまま、信じて物資を揃えてしまっています。
多少なりとも同じく被災支援するわたしとしては優しいトーンでの記述としますが、今回撤去をお願いして実施して頂いた通り、もう二度と活動してくれるなと言う日本語です。
たくさんの人が今までその方々の支援で助かったかもしれません。でも伝手として頼ったのが略奪側でした。助かったのはホントは困っていない世帯のふところでした。以前ホタテ養殖組合の名を勝手に使い支援で潤った世帯の事例と同じです。
地域で本当に困っている人を助けず、マスコミやネットに踊らされて偏ったどころか知らず知らず悪に手をかしてしまったし、仮設団地と在宅被災とを更に隔たらせてしまい。。。地域をずっと混乱し続けた勘違い支援でした。
その混乱を是正するためにわたしがさらにたくさんの支援を略奪村の本当に困っている世帯にし続けている構図になっています。
光々と輝く略奪村センターを見たとき、わたしが思ったこと。
この半年以上のわたしの人生は全部ムダになった(笑)。。。
笑い事では済まされないんですけれどね。なぜならわたしが積極的に支援していた仮設世帯こそが勘違い支援者達との連絡係だったからです。
ただしわたしはその事実をだいぶ前から知っていました。そしてそれでもその世帯への支援は続けていますから。だから今年はわたしにはクリスマスが来そうもないと語っていたんです。
この町の仮設団地は全体的に貰いなれで有名です。その仮設暮らしの中にあっては町全体だけでなく略奪村の実情さえも見失い偏った考え方になってしまった事も仕方なしと優しく締めくくりたいですね。
そしてあらためて皆さんにはマスコミやネットコジキに気を付けて下さいとお願いしたいと思います。
本当に困っているお年寄りや子供達はネットが当たり前にできませんから!。
思慮深くそう考えれば注意すべきも気付くと思います。。。
わたしも頭ごなしに間違い支援者を糾弾したりしたくはなかったかな。その証として昨日、略奪村の経営者?である有料情報サイトを作ったネットコジキの親(水産会社社長)にも、地域センター名を語った貰いたかりや仕切りを中止するよう強く申し入れしました。当然なにが悪いと逆ギレでしたけれどね(WWW)。
笑えない困っている人達の為ならばわたしは全身全霊を通り越しても何でもします。そして今やその覚悟がない支援は止めてもらいたい、偽善が通用しないここは第一線の戦場です。
なぜならここでも自殺があるからです。
被災地外からの視線が常に支援の心、気持ちとして届き続けることで助かる命が有り得ます。
みなさんの被災地と共にある気持ち、頑張っている子供達を案ずる心を大切にして下さい。みなさんのガチで 困っている方々を助けて下さいm(_ _)m。

わたしはひとつだけ、ケーキを東京から持参しました。唯一のそのクリスマスケーキは、この記事中のわたしが積極的に支援しているにもかかわらず勘違い支援者の連絡係もしている仮設世帯に届けました。
その夜そのケーキのローソクに点った火は、3・11からの避難の闇を支え続けたローソクの光と同じだったか、それとも未来を灯すものだったか。
わたしはずっと手を離しません。
自然の流れ

昨日の日中、初めて地域行政から支援が届いた仮設団地です。
たぶん皆さんが報道などで知っている状況とわたしがいるところは全然違うと思います。。。
それは同じ被災地内でもそうです。仮設団地と言うくくりのなかでも、物資豊富なところと、このように何も届かないところと。
被災者の中にはこの状況を自分に照らし合わせてちょっと自分がヤバイかもと思ったほうがいい人が結構多いはずです。
倉庫を建てるのが当たり前なほど貰いたかりな町は実在していますからね。
その町に出来た商店街に買い物に行った方の様子です。
画像奥の商店街無料送迎バスを使わず歩いて仮設住宅へ戻る姿です。復帰した商店街自体はバスが登る丘のさらに向こうにあります。何かを自分の力でやりたいと思う気持ち、これが当日午前中の予定の全てとしての暮らし。考え方は色々ですが、楽して得をと思う方ばかりではないんです。
あの状況から生かしてもらった命
こう連絡メールや会話に使う方がわたしの周りにはたくさんいます。
そう考えればその後の争いごとや様々な理不尽がどれほど愚かか。わたし自身も何度もその言葉を信じなおして支援を続けています。人を信じられなくなったとかもよく聞くけど、一番大事なことはむしろ被災地を取り巻くソトの方次第になっています。
それはその中のローカルルールで進んでしまわなないようにすることです。復興後にまた同じく社会の仲間として協調できるように常に見続けるチェック機能、たかみの見物で覗いていてはいけないと言う事です。
前記事のNHK特集で取り上げられていた人物の実情もこの中では習慣化して当たり前の事象で話しはお流れですが、やがて社会に出る子供達も渦中にいて全部を見続けていることを重く考えなければいけません。
その集落の風習として許してしまう事をソトの社会が許さないようにしないと、世代が変わってゆく中で曲がってしまう、ほかの社会と協調できなくなってしまう、結局復興実は失敗と言う時代がやってきてしまうと思っています。
ソトの感覚を子供達に伝えてゆくこと、これも大切な支援です。
皆さんがこれから支援を物やお金でしようとするかもしれません。実際にはどうしたらいいのか支援方法がわからず自分自身の気持ちもうやむやにしてしまうかもしれません。
もしそうなったら、そのかわり
ずっと被災地を忘れず共にいてください。
ふつうに外食のときでもお家で朝ごはんのときでも、どんな時でも非常事態の中で同じ事を同時にしている被災者がいることを。そして地域性にとらわれてしまうことないように子供達の姿も案じて欲しいと思います。より自然な流れを支えられるかどうかは皆さん次第です。
ガレキの中でも子供達は頑張って暮らしています。
皆さんのチカラがなければ助からないことばかりが取り残されています。
はじめて行政から支援品が来たと連絡頂き急いでお伺いして。。。みんなの活き活きとした表情を見ました。
もうながくこの仮設団地に通っていましたが、でもここからやっとスタートラインに並んだだけだと思いました。
いつも通り飲料水の支援も一緒にしました。
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ココからは訪問いただいている鳥さんチーム用ですw。
ながく間があき季節も変わりましたが、いつもと変わらず訪問ありがとうございました。
日によってはもの凄い数の大きな鳥が集まります。。。
ココだけでなく河川のほとんどに回遊した鮭が遡上しています(養殖から逃げたものではありません)。
一応遡上を捕獲するように網も張られていますが、当然かいくぐって産卵に至った固体もかなりいます。自然は人のチカラと比べものになりません。そしてドサクサですごい情報書いちゃいますが(大人の事情で内緒にしておいてください)、海はとっても豊かです。
渡り鳥?も少しだけ来ました。
Xマス電飾のない町で [プロジェクトB]
それ以前の訪問先には(公言通り?)支援をしていません。それぞれに事情を説明してあります。
仮設団地への支援に限らず、在宅の方への支援を積極的にしています。
また前例がないことのようですが、公共機関・公共施設へ個人として支援しています。
具体的には公立小学校への飲料水の専属支援をしていたり、まだ公開に至らない支援なども行っています。
現実的に毎日支援活動しているのはわたし一人という地域がほとんどとなり、依頼される支援は行政の行き届かない場面へのものが多くなっています。それは依然として続く役場職員の不足などどうしようもない起因を多く含みます。
結果支援内容は防戦一方に片寄りがちになっています。
たとえば先日の依頼では。。。
石巻市内の地域で老人福祉に関する支給を社会福祉協議会に丸投げしてしまった場所があり、その社会福祉協議会担当者の采配でもとより自分達が扱っていた対象者に衛生用品を優先して配布するようになってしまい、いままで役場福祉課にて支給されていた大人用紙オムツ等が届かなくなった世帯が続出し緊急で取り組んだ事があります。現在も改善されていません。
また別の地域では、観光ツアーに近い形で遠地からホタテ養殖の手伝いボランティアとして組織だって関わるやり方が、実は個人レベルでホタテ組合の名前を利用し自分達だけホタテ作業や高額の漁具類をせしめ続けているなど、仙台の例も含めて善意を悪用する事態が横行しています。該当するツアーに参加した方々自身は実際には悪に手を貸してしまったことに気付かないままで、その体験談等書き込みがTwitterにたくさんあがっていて、かえって困っている漁民の方々がたくさんいます。
特区の枠組みが実施されようとする中で、事前に情報をえたものだけが悪用などで得をえる実態になってしまっています。
1ヶ月前に放送のあったNHK特集内で取り扱われていた人物が、実はガソリン券など金券の横領や食料の略奪などを中心的に行った者の通報があり、わたし自身も深く関わっていた地域であったためNHKに誤認放送の謝罪を含めわたしが申し入れをしています。
とにかく巧妙な悪が増える中、前出の通り防戦一方のなかにあって、たくさんの方にココで状況を伝えることが出来ていない事態となっています。
とにかく、(大変残念ですが)TV、CMなどの被災報道は信じないで下さい。NHK特集の事例などのように180度反対の場合、あるいは結果弱い立場のたくさんの人を困らせる内容になっています。
おそらく皆さんがあまり知らない被災地の現実を一つ紹介します。

支援先に限らず移動中でも子供用の飲料水を渡しています。信号待ちの間に声をかけていただいてお渡しした時の画像です。
お孫さんに水を買おうか売り場で散々悩んで、諦めての帰り道だったそうです。水を買うという事態に経済的にも抵抗がある地域です。
実際には新設された水道管や古い坑道などがあった水源地の地域性など、飲み水に不安のある状況がほとんどの地域であります。
そしてこのお子さんは本来の学区から別の地区へ移りやむなく友達とは別の学校へ通っています。
疎開という現実と小さい心の真実。。。
もともと通っていた学校にはわたしが飲料の専属支援をしているので、先生に画像を見て頂きました。
○○ちゃん元気でなにより、みんなも頑張っているから頑張ってと伝えてくださいと逆に頼まれました。
この日もおつかいでおばあちゃんと30分歩いて来たところでした。
暮らしをたてる為だけでなく不遇の状況からの疎開も発生していますが、なかなか現実をこういう形でみることはないと思います。子供達はどこでも本当に元気を出しています。
支えて援助がなければこの先がない状況と制度の中で、この疎開が早く解消すればいいと願っています。
もしもご自分のお子さんが寒い中を買い物に出る疎開先の図は本当は想像したくない場面だと思います。
疎開って言葉そのものの大変さを知る方はほとんどいないと思います。それだけにこの子の心情は計れませんが、大人として出来る支援は誰もがするべきだと思っています。
この事例も含め、在宅世帯の暮らしはとても辛くなっています。
わたし達はまだ何ももらった事がない。そう言ってらしたおばあさんの家は高台で無傷です。そのため被災した方が身を寄せていても支援や援助は届きません。被災している方々が公平に援助されてはいません。『だから仮設住宅に我慢してでも入らなきゃ何ももらえないんだから』と逆意の声もたくさん聞いています。
それでも制度の狭間で困っている世帯がたくさんあります。
法整備がされて行政がやればいいのだから支援する必要ないと思う形が定常化して、そしてそれが事態の風化となっていくのだと思います。
制度の悪用、情報の大間違い、たくさんの個別事例、全てに追いつく方法はないように果てなく感じます。
でもひとつずつをたどりながら考えれば、役場職員の不足など現象の理解に至るはずです。
クリスマスの用意を一つ多くして、それを支援にまわして頂けないでしょうか。

同じ日本の中に、慣れ親しんだ住処の惨状を毎日見ながら学校へ通う子供達がいます。
最初のお子さんの画像は平日の昼間のもので、同じようにお休みをしている子供も多くいます。
そしてこの状況の中で暮らしてゆこうとする中では大人でさえも充分な判断に至らない場合がありえます。
なによりこの記事を読んでいただいているみなさんの安定した状況下では、想像すら出来ない現実に多くの人が直面しています。
皆さんの思慮深い感覚と配慮で被災地を今一度助けて欲しいと願います。
被災地の入り口で [プロジェクトB]
昨日支援に行かなかった間にたくさん被災地から連絡ありました。
どうして来てくれないのかということに対して正直に説明しています。
前記事の通り支援はここに訪問いただく方の代わりのように皆さんの応援や意思あってのことなので、被災現場に説明したのと同じくここでもちゃんと説明をします。
被災から半年が経ちました。多くの皆さんにとっては節目としての通過点にしか思わない流れですが、被災の現場ではそれはとても重い現実の日に受け取っていました。
多くの団体の支援やボランティア活動がその日を境に収束したからでした。
わたしが支援をしている中で、ペットを飼っている方がいて。。。と言うよりもペットを飼っている世帯や避難所、仮設住宅団地中心に支援をしているのが本当なので、そこには必ず被災動物達もいます。
中にこのBlogへの掲載の許可をとったうえで紹介している猫ちゃんと頑張っている世帯があります。
高齢猫ですでにゆっくり活動モードの猫ちゃんですが、この猫を通してたくさんの縁が広がり、飼い主自身もまた恩恵にも取れるその縁を大切にしながら毎日内職もして生計の復活に頑張っています。
その中で、高齢猫ちゃんには人間のご飯ではなくペットフードでの食事が不可欠な状況というネックが唯一の絶対条件でもありました。
被災当初からペットに対する冷遇が行政側にあり、様々な団体がその代わりをなしていました。たくさんの小さな命だけでなくその何千倍もの心を支え助ける動物達は被災現場では今頃になってやっと認知されて共に生きようとする機運になってきている頃でした。
なのに半年と言う節目の重たさがこの猫ちゃん世帯にもやってきて、いつもフードを当てにしていた方から支援の打ち切りを告げられることとなりました。
被災地では充分に思慮深く暮らすような心の余裕などありません。
『もうこの猫はだめだろうか』
一見端的にも思うその結論にすぐに陥ってしまう心情、
そしてそれほどまでに過酷な被災の現実、
そんな中でまだまだこの先もずっと支援がある団体をあらためてわたしがこの世帯に薦めました。
飼い主本人も自分と猫ちゃんの置かれた状況を包み隠さずメールで団体に伝えて支援が続くか否か問い合わせもしてくれました。
折りしも半年と言う重みでほかにも同様の相談が寄せられたので、団体内でもあらためて自分達の事を鑑みる機会となり団体Blogでもその猫ちゃんの相談も紹介され、大切な記事としてたくさんの好反響がありました。
団体からもその猫ちゃんに心配ない趣旨のメールを送ったとのことでわたしも安心していました。
実際にはメールフィルターや実はWeb環境にない被災地なので、団体からの連絡はいまも届かずじまい。
結果、相談に答えの無かった猫ちゃんの飼い主は都合二晩泣きはらし、被災の辛さもよみがえり、むしろ逆効果で推移しています。
団体にもその旨連絡したし、薦めた猫ちゃんにもそんな心配なく行き違いの説明もしましたが、むしろ不安に陥れたその記事はここだけ切り取り受け取る猫ちゃん世帯には売名に利用されたと大きな不信になっています。そしてその猫ちゃん世帯そのものが記事に載ってるわけなのでBlog被害に受け取られてもいます。出来れば記事の削除とたとえ行き違いでも謝罪は必要と考えていたようです。
その疑心を晴らすのは行動です。実際に今後も力強く団体もわたしも活動してゆく中で理解してもらうのが一番いい解決に思っていましたし、わたし自身もまた気合を入れなおすこととなりました。
わざわざ気合を入れなおす必要があったのは、現実には翌日から『あの記事は私のところに来たメールから盛り上がって出来た』、ほかにも被災当日からの状況をエピソードとして語るスタッフの姿がそこにはあったからでした。被災動物を預かる最前線、そして現在も被災は進行中という現実を理解していないエピソード性、それは被災当日の一晩に多くの人が命をついえたと言うリアルタイムに追いつかないことだと感じその場でもその旨たしなめましたが話は止まりませんでした。
そのほかに団体の体制のぐらつきの隙間にわたし自身も巻き込まれてゆく中で、わたしにも被災地にも公に団体から謝罪が必要と考えるようになりました。
たった二晩でも、しかも被災で困っている当人に精神的な被害を与えてはいけなかったと思うし、被災最前線であるはずの団体内が実は大儀に伴っていない現実も大変な間違いだと考えています。
いつも紹介している様々な支援活動はこの団体をも支える一環としてわたしは取り組んでいたし、宮城と言う地の不信に一気にすすんだわたしの心もより所がなくなりました。
団体として過去にもトラブルは多いほうだと気にしてはいましたが、様々なアドバイスで今の運営に大きく貢献している現実がわたしには罪悪に感じています。
なんでこんな団体に支援したり協調していたのかなぁと思っています。
よりたくさんの方に紹介して理解してもらおうといつも持ち歩き次々に渡している増刷版を差し戻す用意までしました。
理解してもらえる人がついて来て、そうでない人が去ってゆくのも追わない。それがスタンスだと語っていていいのでしょうか。
団体を取り巻く環境、そして自分たち自身が発信している責任、もう一日だけ事の重大性を考え直す時間を用意したい、用意してあげたいと思います。ここが被災という大きな現実の分かれ目です。それはただ団体としての方針ではなく、たくさんの被災動物を預かる活動から被災地を取り巻く状況を一変してしまう事例になるものです。
感情で行動していい事ではない、あらためての一喝もこの通り併記します。浅く考えていい事ではない。
待てるのは一日だけ、被災は刻々と進行しています。
わたしは被災に対して全てを賭けてことにあたっています。この大切な出来事に最初から全身全霊で取り組んでいます。









